松林図屏風

松林図屏風右隻松林図屏風左隻
東京国立博物館で特別公開中の長谷川等伯『松林図屏風』を見に行った.日本の絵画の中で一番好きな絵なだけにこの機会は絶対に逃せない.
いつ行っても平常展は空いてるから今日も油断してたら、あらまあ、意外な人出じゃないですか.ちょうど『大徳寺聚光院の襖絵』展が始まったところだし、絵に興味の無い人も集めそうなダイヤモンド展もやってるし、ついでにこどもミュージアムなんてのもやってるし、予想以上に子供づれが多い.そしてカップルも異常に多い.
平常展入場券420円のみ購入し、一目散に松林図屏風の展示室まで行き、たまたま一つだけ開いてたソファの空席を確保し、屏風を前に座り続けること1時間半.いやー、さくっと座れたのをいいことに思いのほか長居をしてしまった.次から次へとやってくる人に視界をふさがれ、たまに急に人がいなくなって全体が見渡せるのをぼーっと待ってるうちに時間がたっちゃったのよね.


去年の春、出光美術館で公開された時は床がじゅうたん敷きだったり、そもそも本当に等伯好きのみが集まっていた展示会だったせいか、椅子に座って見続ける人、床に座り込んで見続ける人などなど、静かな雰囲気でとっても居心地が良い空間が出来上がってた.


今回は映画館なみに暗く落とした展示室の中で正面の屏風にのみ明かりが当たっていて、いかにも「展示してます」っていう雰囲気でわたしは出光の展示の仕方の方が好きだった.国立博物館でも以前国宝展で展示した時には他の国宝に紛れてたり、そもそも最後の方の展示で見てる人もいい加減疲れてるせいかそれほど注意を引いてなかったからとても見やすかったんだけどな.


部屋が暗いからか、かえって色のコントラストがはっきり浮き出ていて、逆に空気に溶けていくような効果は薄れてしまっていたような気がした.遠くから眺めていると左隻の山がいかに効果をあげているのかが良くわかった.画面全体からすればほんの小さい一角なのに気づくと視線が向いてしまう.
1時間以上後ろから眺めたあと、ようやく腰を上げて絵に近づいてみた.おっと、意外に小さいではないの.後ろから見てると松1本が2メートルくらいあって、屏風そのものも上から降ってきそうな大きさに見えてたのに、近くで見ると私の身長くらいしかない.遠くで受けたふわっと柔らかそうな松の質感が、実際には荒々しい筆のタッチで、その迫力に驚かされる.
基本的に水墨画よりは宗達のような琳派系が好きなのに、この絵だけは何でこんなに惹かれるんだろう.見るたびに違う印象を受けるんだけど、今回は「これは風景画だ」って思った.もちろん日本の絵画で花や木や動物を描いたものがたくさん存在する.でもそういうのって風景画じゃなくて装飾画だよね.素材をどういうふうに配置してどう美しく飾るかという視点で描かれていてる.雪舟天橋立図のように実際に風景を描いたものもあるけど、私にはあれは写生画に見えてしまって破墨山水図のような魅力は感じられない.
今回この絵を前にしてなぜかターナーを思い浮かべてしまった.空間の使い方なんかはとても日本的だけど、こういう絵を描くという思想があの時代の画家に通じる非常に近代的なもののよう思えた.この松林というのはどこかにある実のに風景を写したんじゃないかと思わせる.ほんとにあるかどうかなんて問題じゃなくて、うまく言えないけど、こんな風景ありそうだなって思わせてくれるところが装飾画の域を抜き出た近代的な風景画に近いんじゃないかしら.少なくともそういう意味での風景画って日本画では見た記憶がない.だから特別この絵に惹かれるのかなあ.もちろん装飾画も大好きだけど、これはほんとに特別なんだ.


いい加減疲れたので、その後は1階の仏像群だけ見て終了.次は大徳寺の襖絵を見に来よう.西洋美術館のレンブラントも行かなくちゃね.