蜷川幸雄演出『ハムレット』 

於)シアターコクーン

作:W.シェイクスピア 演出:蜷川幸雄 翻訳:河合祥一郎


ハムレット藤原竜也 
クローディアス/亡霊:西岡徳馬 
ガートルード:高橋恵子
ポローニアス:たかお鷹 
レアティーズ:井上芳雄 
オフィーリア:鈴木杏
ホレイシオ:高橋洋 
ローゼンクランツ:新川將人 
ギルデンスターン:中山幸 
フォーティンブラス:小栗旬

藤原ハムレットが凄い!とにかくこの一言に尽きる.陳腐な言い方だけどまさに「等身大のハムレット」がいた.というよりあの不可解なハムレットという人物が等身大に感じられるほど藤原君の演技が素晴らしかった.1幕目が終わった後はびっくりしてため息しか出なかった.


1幕目.鉄格子で囲まれた舞台上で話が進む.鉄格子の内と外、鉄格子の音などある程度効果的に使っていたとは思うものの、良い演出かどうかは謎.ただハムレットがガードルートの部屋を訪ねる2幕目からそれまで視界をさえぎっていた鉄格子がなくなることで舞台の印象がまったく違って見えたのは刺激的だった.どうしても先日の萬斎ハムレットと比べてしまうけど、萬斎ハムレットがセット、衣装、演出、役者全てにおいて様式美を追求した重厚感たっぷりのものだったのに比べ、この蜷川ハムレットは若い役者をそろえた時点で予想できるように、いらないものをすっぱり取り去ったシンプルでストレートなハムレットだった.ところどころに入るジャズや鉄格子以外何もない無機質で金属的なセットなどが古典劇をより現代風に見せてくれて、こういうのも嫌いじゃない.コロス的な家来の扱いや通路の多用、そして劇中劇の扱いなどがいかにも蜷川芝居っぽく、単純に演出と言う点ではジョナサン・ケントのほうが好きだった.が、今回はとにかく藤原君が素晴らしすぎて蜷川ハムレットというより藤原ハムレットと呼びたいくらい演出うんぬんの前に彼のハムレットにねじ伏せられてしまった.


藤原ハムレットの何が素晴らしいって、まず第一にシェイクスピアの回りくどく説明的な長台詞を生の声として届けてくれたこと.明らかにあんな台詞を独り言として吐く人間なんて不自然でしょ.だから今までのハムレットも一人苦悩の台詞を吐くシーンは、現実にはありえないけどこれはお芝居だから、お約束だからっていういわゆる「型としてのハムレット」として納得してた.そして最近見た萬斎さんもケネス・ブラナーもそういう演じ方をしていたように思う.それが藤原君の場合、どの台詞も驚くほど自然に響いてきて、大仰なシェイクスピア台詞を生身の人間のリアルな言葉として始めて感じることができた.それが証拠に、今までは単なる形式的な言葉としてしか捉えることが出来なかったハムレットの苦悩のシーンで泣きそうになったもの.感情の込め方、抑揚、声の切り替え、どれをとっても文句なし.


第ニに一歩間違うと思い込みの激しい迷惑な奴にしかならないハムレットという人物を、矛盾を矛盾と感じさせないほどきっちりと一貫性を持たせた高潔な人物として印象付けてくれたこと.感情的に母親をなじったあと、急に「ごめんなさい」と小さな子供のように膝にすがってみたり、手ひどくののしったオフィーリアの亡骸を抱きながら「愛していた」と泣いたりするハムレットが、非常にプライドの高い、そして傷つきやすいナイーブな人物としてごく普通にこちらに伝わってきた.最後、舞台に横たわるハムレットはまさに"NOBLE HEART"であり"SWEET PRINCE"だった.ホレイショーの嘆きの言葉にここまでシンクロしてぐっと涙をこらえなくちゃいけないことなんて今まで一度もなかった.普通に「悲しい」という感情を揺さぶられるハムレットになったのは、ひとえに藤原君のハムレットがまさにハムレットそのものだったから.


とにかく全編を通じひたすら藤原ハムレットに目も心もうばわれつづけた3時間だった.少年のようなくったくのない容姿もまたハムレットにぴったりだった.彼には今後何度でもハムレットを演じつづけて欲しい.


他の役者ではホレイショーの高橋洋が良かった.ハムレットの補佐役にふさわしく光と影のごとく藤原君をきっちり補佐する演技を見せてくれた.最後のシーンは見目麗しいフォーティンブラスよりもホレイショーに釘付けだった.ちなみに最後フォーティンブラスがハムレットにキスする演出は非常に蛇足だと思う.あれはいらんでしょ.せっかくの高橋ホレイショーの熱演がだいなしです.


井上レアティーズ.ミュージカルでの王子様しか見たことがない井上くんがストレートプレイ、しかも蜷川シェイクスピアワールドでどれほど出来るものか正直期待してなかったけど、予想外に良かった.なにより台詞が明瞭で聞き取りやすい.ミュージカルでのあの声が苦手だったから、今回発声を変えてくれてたのが個人的には嬉しかった.ただ1幕目のお坊ちゃんっぽさは良かったけど2幕目はギラギラした感じがもう少し出ていてほしかったなあ.舞台に立ち慣れてる雰囲気は良かったからストレートプレイでも今後お声がかかるんじゃないかしら(本人に暇があればだけど…).


杏ちゃんはティピカルな儚げ美少女というよりは溌剌とした健康的なオフィーリアだった.レアティーズと戯れる様子はいかにも10代の女の子といった雰囲気.狂っちゃうシーンでの緩急のつけ方はあの歳でさすがって感心したけど、体の表現はもう少し工夫してほしかった.うずくまってばかりじゃ飽きちゃいます.


ポスターの残り一人のフォーティンブラス小栗君はあれだけの出番じゃよくわかりません.甲冑のせいもあってか、一人空気が違うように思えてしまった.
クローディアスの西岡さんの噛み噛み具合はなんとかならんのでしょうか.あれだけの台詞をほぼ噛むことなく操ってた藤原君に比べると、ハムレットの敵役としてはかなり弱かった.そもそもクローディアスってどういう人物像であるべきなんだろう.吉田さんはまさに影の主役とでもいうべき威厳たっぷりの苦悩するクローディアスを作り上げていたけど、西岡さんはあくまで卑怯者の小人物といったクローディアスだった.個人的な好みとしてはやはり吉田さんと藤原君の対決が見たかった.


高橋恵子は「女」の部分が前面に出ていたガートルードだった.「男がほっておかないだろうな」って艶かしさは本人が持つ資質も大きいんでしょう.その代わり母親としての印象は弱かった.今回の『ハムレット』はクローディアスを筆頭に大人側の印象が弱かった.ポローニアスもいいお父さんって印象しかない.若者メインに押し出した演出ってことで納得すべきか.


劇中劇の扱いはなかなかおもしろかった.が、薄い布とはいえ幕をひかれちゃうと見えないんだよう.ハムレットの遺体をかつぐ四人がなぜスワット部隊のような格好してたんだろう.これも含めて最後の演出だけは不満だわ.重複になるけど、高橋ホレイショーがせっかく良い芝居してんだから、そこで終わってくれれば涙涙で終われたのにフォーティンブラスと蛇足的なキスと覆面マスクにあっけにとられてしまったじゃないの.くーっ.


藤原君のハムレットと共に今回の芝居で気に入ったのが衣装です.特にハムレットとオフィーリアが可愛かった〜.ハムレットは常に黒一色.だぼっとしたパンツの上にギャザーの入った布をまとったボトムに、トップがちょっとずつ変わっていくのが楽しい.ニットの重ね着になったりショート丈のジャケットになったり、また、上着の裾からちらっとのぞくベルトもお洒落.ハムレットの着てる衣装はどれもこれも普通に着たいものだった.オフィーリアは後ろが少し長くカットされた真っ白の袖なしワンピース.裾がふわふわして杏ちゃんにぴったりだった.ラグみたいな王と王妃のマントはイマイチだったけど、王妃の生成りワンピースは胸の切り替えから流れるラインが素敵だった.

過去日記より

蜷川演出、藤原竜也主演『HAMLET』をayaちゃんと一緒に見た.


藤原ハムレット、すごいじゃないですか、素晴らしいじゃないですか.藤原君が舞台の申し子と言われるのはこのことかってようやくわかった.『オイル』では彼の魅力を全然ひき出せてなかったんじゃん.初めてハムレットで泣きましたよ.シェイクスピアのあの仰々しいモノローグがちゃんと生身の人間の声としてナチュラルに響くことがあるなんて思ってもみなかった.ハムレットの孤独、決意、苦悩、その他もろもろの感情がストレートに伝わってきたの.「ようやく1人になれた」というハムレットの台詞で思わず涙が出そうになったのは、その一言でいかに彼がそれまで気を張ってたのか、いかに緊張を強いられてたのかがちゃんとわかったからだ.映画でも舞台でもこれまでのハムレットは「型としてのハムレット」として存在し、実在の人物がああいうまわりくどい長台詞を吐いている実感を感じることはなかった.それが、今回の藤原君は違うの!ハムレットという人物がちゃんとそこにいて、あの不自然な台詞がちっとも不自然に聞こえない.最後ホレイショーが「高潔な魂が死んでしまった」と嘆くシーンでぐっと涙をこらえなくちゃいけなかったのは、まさにそこに倒れているハムレットが高潔な魂そのものに映ったからだ.ああ、本当に尊い魂が死んでしまったんだってホレイショーと同じように絶望的な哀しみに襲われたからだ.父親の敵を討とうと決意したものの、母親に「ごめんなさい」って思わずすがってしまうシーンでは胸が締め付けられた.こんなに若さからくる強さと弱さを感じるハムレットはいままでになかった.これほどキラキラと輝くハムレットも今までになかった.それほどまでに藤原君のハムレットは凄かった.あれを見てしまったらちょっと他のを見るのが辛い.とにかく、シェイクスピアの悲劇で普通に泣かされてしまうほど、生身のハムレットがそこにいた.私は今後どんな役をやったとしても、このハムレットをやったといことだけで藤原君を素晴らしい役者として記憶していくと思う.


他の役者ではなんといってもホレイショーの高橋洋が出色の出来.唯一藤原君のテンションについていけてた人だった.心配してた井上レアティーズも、ちょっと優しすぎるかなって気はしたけど良かったんじゃないかしら.総じて若者組みは良かったが、フォーティンブラスは微妙….残念だったのはクローディアス.ここはやっぱり吉田さんか平さんクラスにやってほしかった.吉田さんと藤原君のやりあいだったらさぞかし凄い対決になっただろうに、西岡さんでは弱すぎる.高橋恵子は「男が欲しがる女」の具現化としてアリだと思った.いつも衣装が可愛くて目の保養になる蜷川さんの舞台ですが、今回はハムレットの洋服がヨージっぽくてどれもこれも普通に「着たい!」って思えるものだった.


なにはともあれ藤原ハムレットに心奪われた芝居でした.その一言に尽きます.彼は1人で舞台を支配できる役者ですね.素晴らしい!


さて、興奮冷めやらぬまま、何故か出口で配られてたハーゲンダッツのアイスをほおばり、ayaちゃんとぷらぷらお洋服を見たりして、そんなことしてたらついY'sでコートとTシャツ買っちゃいました.またまた大出費〜!コート探してたからいいんだけどね.また黒ロングスカートで可愛いの見つけちゃった.フード付きのプルオーバーっぽいのも着やすそうで可愛いの.ああ、でもさすがに買えない…欲しいけど……